連続小説HIDTforever 2話「君の名前を聞かせてよ」
HIDTforever
2話 君の名前を聞かせてよ
〜4月7日〜
昨日は散々だった。
眩い朝日がカーテンから溢れ、まだ完全に覚めきっていない僕に今日という日が来たことを告げる。
学校初日を終えたHIはどこにもなく気分が落ちていた。友達は当然まだできていないし、クラスに馴染める気もしていない。不透明な感情がHIの心の底を暗闇へと引き摺り込む。
「また中学の時みたいに.....」
HIの目頭が熱くなる。
これは中学校の話だが、僕にも唯一好きだった女の子がいた。僕はバドミントン部に入部していたが、あまり上達できず、気づいたら部活もサボりがちになっていた。
僕の部活にはマネージャーが3人いた。
内二人は僕にはとても厳しく、水の代わりに友達の検尿を渡してきたときは、思いっきり額を殴ってやったこともあった。
そんな僕にも唯一優しかった彼女。優しい笑顔に、整った鼻筋、綺麗な黒髪のストレートヘアー。僕にとっては女神のように思えた。
「名前は.....たしか...」
頭痛が走る。彼女との思い出を思い出すと、なぜかいつもこの原因不明の頭痛が僕の邪魔をしてくるのだった。
今日も一人、賑やかな大通りを慣れない革靴を引きずりながら一歩一歩進んでいく。
「今日は、自己紹介があったっけな。」
自己紹介とは学校生活2日目あたりに出現する緊急イベントの一つで、この自己紹介で下手なことをすると一生話のネタにされることもある。何を話すべきか、HIは通学路をゆっくりと歩きながら、それだけを真剣に考えて教室に向かった。
1限はホームルームだった。
まだ二日目なので授業はなく、この時間にたくさん友達を作るようにという先生の粋な計らいらしい。
「みんな、改めて入学おめでとう。君たちに会えて嬉しいよ。せっかくだけど、自己紹介をしたいから右の手前の席から順番に好きなことを話してもらっていいかな?」
始まった。絶対にミスは許されない学校生活最初の難関だ。
「では、秋山さんからお願いします」
こうして自己紹介が始まった。僕の名前はHIなので出席番号で言うと後半の方だった。
(みんなの話を聞いて合わせよう)そう思った。
「それでは封筒くん。よろしく。」
「封筒です。趣味は公園で幼女を観察することで、無論dtですw えへっww」
滑っていた。完璧に滑り散らかした。
おそらく彼に悪気はない。最初にウケを狙って陽キャラ感を出して、一気にたくさん友達を作ろうとでも思ったのだろう。
彼はもう救えない。クラス全員がそう悟った。
封筒が終わってからは、緊張で人の話をろくに聞けないまま、気がついたらもう僕の手前の席まで自己紹介が終わっていた。
「じゃあ、 さんお願いします」
僕の目の前で整ったストレートの髪が靡く。
とてもいい匂いがした。
甘い香り。僕はこの匂いになにか懐かしさすら感じた。
「こんにちは。中学の時から病弱で、あまり外で活発には動けません。友達たくさん作りたいです。短い間ですがよろしくお願いします。」
僕は彼女の声になぜか気持ちよさを覚えた。
これが一目ぼれという奴だろうか、新学期二日目からなにを考えているのだろう。
というか短い間ってなんだ。2年間は同じクラスだろ。
「じゃあ、次はHI、HI!、おい聞いてるのかHI!」
「あっ、はい!!」
世界一キモい声と一緒に僕の自己紹介は始まった。直前の女の子に抱いた感情に惑わされ直前までずっと考えていた自己紹介が全て飛んでしまった。
「HIです。童貞卒業したいっす」
それは切実な願いだった。
クラスの誰も笑わない。
しかし彼女の肩は小刻みに揺れているのが見えた、僕の言葉に対しアホだと思って笑っているんだろうか。
なぜだろう。後ろから見た小さの彼女の背中はとても優しい笑い方なようにも感じた。
ー完ー